金田式300Bシングルパワーアンプ長期レポート



 MJ'94-4月号に金田明彦氏が発表したこの300Bシングルアンプを実際に製作したという人はそれほど多くないのではないかと思います。
 真空管DCプリアンプ、6C33CDCパワーアンプ、という流れの中で生まれた異端のアンプですが、根っからのDCアンプファンにしてみれば、真空管のアンプを作るならたぶん6C33CのOTLアンプのほうを選びたくなるでしょう。300Bシングルアンプは出力は小さいし、その割にコストは馬鹿にならないし、それになんといってもNFBループに出力トランスが含まれたACアンプに過ぎないのですから。
 一方、いわゆる管球アンプファンにしても、このアンプには飛びつくとは思えません。まず、たくさんのツェナーダイオードをつっかえ棒にして動作するこのアンプの回路を見て「管球アンプ」と呼ぶことに抵抗を感じる人が多いのではないかと思います。ツェナーダイオードのことを差し引いても、管球アンプの常識からは大きく外れたこの回路を目にして不安を感じる向きもあるでしょう。怒りだす人もいるんじゃ?(^^;。
 というわけで、いずれにしても実際にこのアンプを作ろうと思う人は少ないと思います。しかし、どのような意味であれ興味を持たれた方も多いでしょうから、僭越ながらこのアンプの「長期テスト報告」とでもいったようなものを書いてみようとペン(テキストエディタですけど)をとりました。

 写真の通り、私のアンプは金田氏の記事の完全なデッドコピーではありません。私の部屋で使いやすいように変更してあったり、また内部でも一部のパーツがオリジナルとは違っています。これらの多くは私にとって必要な変更でした(まったく気まぐれでやったこともありますが)。

 変更点は以下の通りです。


外装関係の変更点

(1) 電圧増幅段の電源のケミコン330μFとタイマーリレーの位置を入れ替えた

 MJの記事の写真では、当初ここのケミコンのところに出力段と同じ47μFのフィルムコンを使ってみたと思しきシャシー加工跡を見ることができます。おそらくリップルが十分取りきれず、コンデンサの容量を増さねばならなかったのでしょう。しかしこの位置では直近の整流管の熱でまともにあぶられてしまいそうで、熱に弱いケミコンでは不安です。したがって、リレーと場所交替。
 こんな具合。かえってバランスのいい配置になったような気がしているけれど、いかがでしょう?
 右のSCRのフィルムコン上面の六角形はシールド用の銅箔を切って貼ったもの。もともとネジがあったのを旋盤で落として売っていた過渡期の製品。その傷跡が気になって、バンソウコウ。


(2) 入出力端子は前面パネルに付けた
 私の部屋での使い勝手のためですが、メインテナンスあるいは改造のためアンプをひっくり返すとき、後パネルに何もついていないと、そのまま後ろへ転がすようにひっくり返せて便利です。それにNFBの配線がより合理的になりました。最近の金田氏の管球アンプでも、入力端子を前面に付けたものが見られるようになりましたが、私としては自分の方式が認められたようでちょっと嬉しいところです。ケーブルを繋いだときの見栄えはいいとは言えませんけど。
 スピーカー端子はスーパートロンを使ってみたけれど、あまり使い勝手がいいとは言えない。見た目はいいんだけど。
 スピーカーケーブルはダイエイ電線からベルデンに換えた。私のスピーカーではこっちのほうが低音の解像度が上がってイイ感じに聞こえる。


(3) 終段アイドリング電流のチェック端子を側面に付けた
 これは付けてよかった。というのは、このアンプ、300Bのアイドリングがかなり変動します。季節によって、またAC電源の変動によって。パラメーターがいくつもあるようで、気温によるアイドリング電流の変動がリニアではありません。最初に調整して、あとはケースを閉じてしまう、なんてとてもとても。容量の小さい家庭用の電源では、電力を多く使うとコンセントの電圧が降下するものですが、はたして冬にはホットカーペットのサーモスタットのオン・オフで相当にアイドリング電流が揺らぎます。あるいは暑い夏の日中など、電力需要が大きいせいでしょう、電源の電圧が下がって動作点がまったく狂ってしまうということもあります。こんなときは、強いてこのアンプで聴かなくても、とおおらかに構えます。
 アイドリングのチェックはテスターでOPTの1次側の電圧を測って行っていますが、1次巻線はアースに対しては高圧です。テスター棒を差し込むタイプの端子を着けましたが、それでもこんな端子がそのまま外に出ているのは危険なので、測定端子と1次巻線の間にモメンタリースイッチを入れ、押している間だけつながるようにしてあります。グラウンドに対しては、このスイッチの接点は900Vを超えますが、浮いているしほとんど電流も流れないので大丈夫だろうと…保証はできませんが。
 アイドリング電流そのものは、金田氏の指定では80mAとなっていますが、私は聴感から40〜60mAあたりに来るように設定しています(かなり幅がありますが、日によってこのくらいの変動はある)。ウエスタンエレクトリック発表の動作例を見ても、Ep=400V,Ip=50mA,RL=3kΩで11.5Wとあり、そう大きく出力が低下するわけでもなさそうですから、これで十分。これでも音の傾向にさしたる変化は感じられず、むしろ伸びやかな鳴り方に聞こえるように思います。シングルOPTには、たとえ定格内であっても、あまり大電流を重畳しないほうが結果がよいのではないでしょうか。ちなみに、電流が過小になるとブーンとノイズが入ります。
 いずれにせよ、アイドリング電流はたびたび調整が必要(慣れれば球に手をかざして感じる熱で大体の見当はつく)です。半固定VRではなく、手で回せるつまみが付いていたほうが使い勝手がいい。できることなら音に影響しない電流安定化回路が欲しいところですが、プリアンプのオートトラックレギュレーターのようなシンプルなものはできないものでしょうか。
 赤と白の端子にテスターの棒を突っ込んで、トランス脇のモメンタリースイッチを押えると、出力トランスの1次巻線にかかる電圧が測定できる。もちろん対アースでは900V超…測るときは真剣に(・・; 。



内部パーツの変更

(4) ツェナーダイオードRD39F×4(オリジナルではD4〜D7)をRD27F×6に変更

 安全を見込んで。
 初めはオリジナル通りでしたが、発熱が凄まじく、ツェナーをハンダ付けしてある基板のパターンの周りが焦げたように変色してしまいました。変色の具合からすると、動作時にはハンダが液体化していた可能性があります。そこで、12Vくらいの電圧のツェナーを多数使ってみました。「ツェナーダイオードは電圧の大きなものを1個使うより、小さなものを多数シリーズにしたほうがよい」という柴崎説を信用したのです。ところが「サーッ」というノイズが相当大きくなってしまい、もはや非実用レベルです。かといって、もとの値では危険と思えたので、最終的にこのあたりがちょうどよさそう、というところで落ち着いた値です。ただし、発熱の問題さえなければ音としては躍動感の点でオリジナルに軍配が上がります。これはハンダが液体化していたことが音質上のメリットになったのかもしれない(?)。
 アンプの残留ノイズには、このツェナーの音がかなりの割合で含まれているようです。テープヒスのような感じで、私はさほど嫌でもありません。スピーカーの前1mでも意識すれば聞こえるのがわかりますが。
 ところで、ツェナーは基板を分けて実装しました。2段目のスクリーングリッド電位を定めている3個のRD33Fは、初段負荷抵抗およびアイドリング調整用半固定VRと一緒に小さな基板にまとめ初段奥の6R-R8Cの内側に配置し、半固定VRはシャシー上面から回せるようにしてあります。あとのRD27F全部と2段目から初段SGへの帰還用180Ωを載せた基板が6R-R8Cの外側。

 シャシー内部の様子(後日撮影)。スパークキラーやヒューズなど、オマケのパーツも装備。オリジナルの記事にはシャシー加工図が発表されていないので、自分で都合よさそうな配置で設計した。補強フレームの取り付けをトランスのネジで兼用したのを始め、金田氏の作例とは部品の位置を微妙に変えてある。

(5) アイドリング調整のコパルの半固定抵抗はNECネオポットの1W型に変更
(6) 2段目の負荷抵抗スケルトン12kΩをDALEの5W無誘導巻線型NS-5に変更
(7) ツェナーダイオードへの給電抵抗スケルトン12kΩ×2をDALEの5W25kΩRS-5に変更
 これらは私が気に入っている部品、というだけです。
 ネオポットは回転感も音も滑らかです。コスモスの旧型金属ケースのものも使ってみましたが、回転感がゴソゴソした感じで、音もちょっと粗っぽい感じに聞こえ、あまりよい印象はありませんでした。RJ13も試しました。回転感は良好ですが個体差があり、軽すぎると思えることもあるようです。音はまあまあかと思いますが、わずかに金属臭が感じられるような気がしました。
 (6)はWEの抵抗を使ってみたいとも思っているのですが、果たせずにいます。

(8) フィラメント点火整流回路のフィルタコンデンサにパナソニックX-Pro16V10000uFを使用
  (後に日本ケミコンKMH16V22000uFに変更)
 Panasonic X-proはオリジナルに比べ半分の容量ですが、不足はなさそうでした。音はマイルドな感じ。三栄無線の特注品だったのだと思います。もう手に入らないでしょう。KMHのほうは、付け替えてまもないころはやや硬質でにぎやかな音に感じたものの、エージングで落ち着いてきて、やがてはこっちの方が力強くむしろ好ましいと思えるようになりました。素性のいいケミコンほど実力を発揮するまでには長くかかるようです。22000uFになっても残留ノイズにはほとんど変化はありませんから、容量は10000uFで十分のようです。

(9) フィラメント直流点火用ブリッジダイオードをGBPC2502に変更
 単にオリジナルで使われている部品が手に入らなかったので。Panasonic X-proで平滑していたときに、これをショットキーにしてみたことがありましたが、音はより澄んでくるものの、なんだかふやけたようなしまりのなさが感じられ、結局不採用です。日ケミKMHにしてからは試していませんが、また結果が違うかもしれません。

(10) 入力にスケルトン抵抗で-14dBほどのアッテネーターを挿入
 私が普段聞く音量ではゲインが大きすぎるので。本当はあまり入れたくはないのですが。近年の金田式パワーアンプは、電池アンプ時代に較べてゲインが大きすぎるように思います。私には使いにくいです。

 これら以外では、使っている真空管がWE412A以外はすべて金田オリジナルとは異なります。300Bも最初は経済的理由からGDのもの、2段目はたまたま安く手に入ったNEC6R-R8C、初段のEF86は金田氏が使ったのと同じくGECのメッシュのものだけどCV4085ではなくてもっと古そうなZ729、そして整流管もSTCのCV717/5R4GYといったあんばいです。Z729は決して安価な真空管ではありませんから代用とも言えませんが。電源のフィルムコンはSCRのものですが、記事のLectronブランドのものと製造元はおそらく同じではないかと思います。

 使っているMT管たち。NEC 6R-R8CはWE404Aと違ってプレートが金属地肌のままだ。安かったけれど、旧電電公社の倉庫にほっぽってあったものか、箱が汚れてひしゃげていた。WE412Aも手に入れたのはまだ高騰していない頃で、2001年現在の相場の半額以下だった。買っておいてよかった…(^^; 。

 GECのZ729(EF86)。白箱入りで、ショップからは「確実に新品であるとは言えない」と言われた代物なのだが、メッシュのシールドも上部のマイカも造りがきれいで、音以前にモノとして魅力的だった。結局音のほうも、以前に買った東欧製のEF86と較べてみたけれど、こっちのほうがだんぜんよかった。値段もそれなりではあったけれど、満足しました(^^)。動作温度は低く、この使い方なら長持ちしそう。

 そして出力段の整流管と、御本尊の出力管。CV717(5R4GY)はSTC製のはずだけれど、例の特徴的な丸いロゴマークがない。というか、メーカー名が入っていない。このタマ、4274Bと同じという説があるけれど本当かな?
 WE300Bは再生産品。オリジナルとは別のタマと言う人もいるようだけれど、それでもやっぱり中国球とは全然音が違う!カタチもいいし(^^)。


 ところで、このアンプの回路はかなりこわいです。
 まず、私のはCV717/5R4GYですが、オリジナルに使われた274Aにしろこれにしろ、コンデンサー入力でこれらのタマに47μFというのは規格を知っている人なら目をそむけたくなるような過大容量です。が、このSTCのタマが特別なのか、7年近く経過しても、今のところ辛そうな感じは全くないように見えます。CV717は、特性的にアメリカ球5R4GY相等というだけで、本来は別物と考えたほうがよいのかもしれません。以前別のアンプで使っていた傍熱整流管は、規格からするとまったく厳しい動作ではなかったはずですが、もっと早くに寿命が来てしまいました。
 WE274Bを使ってみたい思いもありますが、こちらはたぶん47μFだと長くは持たないのではないかと思います。再生産品が登場したら試してみるつもりですが、話が聞こえてきてからずいぶん経っているのに一向に現れる気配はありません。そうこうしているうちに300Bの生産も終了してしまったという話が…。どうやらレプリカ274Bは幻に終わるか…。

 電圧増幅段の電源の412Aの使い方のほうも、手元には詳しい規格表がないので判りませんが、私はこわい…。このアンプの使い方だと分離した2つのカソード間の電圧はピークで1000V位になるはずで、これらを同時に加熱しているヒーターは、電位はフローティングされてはいるけどホントに大丈夫なのか?使い始めのころは通電するとジィーと球がうなっていて不気味でした。やがて無音になりましたが。フィルターのコンデンサも330uFと、管球アンプの世界ではあまり見かけない大容量です。もっとも、UHC-MOS完全対称アンプの電源には2200uFでこの412Aが使われているわけですから、このくらい平気なのか? ともかく、普通の真空管アンプの常識的な値ではない…。しかし、この412Aが死んだときのことを考えるとまた恐ろしいですね。ドライブ段に流れる電流がなくなって、300Bのバイアスが途端に0Vになってしまうのですから。今のところ7年間トラブルはありませんが、気にしだすとちょっと心臓に悪い。

 ところで、配線のせいでしょうか、EF86にせよ6RR8Cにせよ左右を入れ替えるとノイズの大きさが変わります。右チャンネルに使うとノイズが少ない球でも左へ持っていくとけっこうノイズが出たり、逆に左で低ノイズでも右にさすとブーン…。いろいろ入れ替えてみると、球どうしの相性もあるのかもしれませんが、むしろシャシー上の部品配置、もしくは配線引き回しとの関係のように思えます。こんなところも、真空管が石派から敬遠される部分なのでしょうか。実は私のアースの処理法に問題があったりして…。
 偶然にも一番最初に挿した組み合わせがノイズ最小なのでした。この状態で、私の、田舎ゆえに相当に環境雑音の小さい部屋でも、リスニングポイントではノイズは聞こえません。あまり能率の高くないスピーカーを使っているせいもあるのですが。最終的には残留ノイズは2mVほどになりました。もっともDMMのACレンジで測って.002mVの表示だったというだけなので、正確な値ではありません。電源の周波数に由来する「ブーン」というような音もスピーカーに耳を着ければ聞こえますが、前述の通りツェナーのノイズがかなり含まれます。これは感応帯域の狭いDMMにはひっかからないでしょう。

 さて、かんじんの音ですが、完成直後の音は、嫌な音は出ていないものの、一聴してはっとするような印象はありませんでした。本領発揮までにはしばらくエージングが必要だったようです。やがて落ち着いてからの音は、まずやわらかく潤った印象です。といって、エッジを丸くするような、曖昧にボケた音ではありません。それでいて、躍動感が感じられます。表面的にならずザクッと切れ込む感じ。さすがに各段直結だけあって、微細な情報も漏らさず出してくる感じは、全然動作原理の違う電池式アンプにも通じるところがあるように聞こえますが、ハイスピード感というのとは違うように思います。
 出力が小さめではありますが、比較的小音量で聴くほうなので、私には問題とはなりません。神経質さや押し詰まった感じもなく、のびやかかつ鮮やかに鳴ります。私の感覚ではけっこうな音量でもクリップ感はありません。出力トランスの癖はたぶんあるのでしょうが、私は気になりません。もちろん石アンプの音とは違うと思います。しかし、これまでに作った管球アンプとは似てはいません。どちらかというと高忠実より美音系の音かと思いますが、私は好きです。私にとって、バッテリーアンプと直熱3極管シングルのいいところを併せ持ったアンプ、という目標に十分近いものと思います。

 と、こと音については褒めっぱなしなのですが、それでもやはり他人に勧めるのははばかられてしまいます。私自身、このアンプを信頼しているわけではない(^^;。もしこの先大きなトラブルに遭遇したなら、再度このアンプを、とは思わないでしょう。しかし使えるうちはこのまま使っていきたいと思っています。アイドリングの監視の面倒さ、トラブルのときの怖さはありますが、音はなかなか魅力ですから。

 再生産品のWE300Bですが、繊細に作られている感じで、ガラスもプレートもやや薄いかもしれません。どうやら中国球より振動しやすい感じさえあります。グローブを指ではじいてみると中の電極がコォーンと鳴りますが、ふくよかでいい感じの響きです。中国球はガァーンという感じであまりきれいな音ではありませんでした。この音が再生音にも聞こえているはずです。
 差し替えてみると、やはり中国球とは違います。ずっと響きが豊かでゆったり耳に心地よい音です。それでいて解像度が落ちることもなく、むしろ情報量も増した感じですから、ウエスタン球固有の振動がいいほうに作用しているのでしょう。前よりボリウムを上げても耳障りでない音質です。これなら中国球と較べても、決してC/P比が悪いとも言えないと思います。でもHi-Fiじゃないかもね。中国球のほうが、そういう意味ではHi-Fiっぽい。あと、やはり本家は姿がだんぜんよく、動作中はグローブに青い蛍光が映ってきれいです。
 これがもし太古のWE300Aだったらまた全然違うんでしょうね。古酒の味わい、といった感じかな。まあそこまで追い求める気はありませんが。