トーンアームに理屈を付けてみる


 ピュアストレートアーム“0 SideForce”の導入によって、アナログレコードの音が目覚ましい向上を遂げました。それに気をよくした勢いで、これまで頭の中であれこれこねくり回していたトーンアームの理屈を、この際思う存分論じてみることにしました。使う道具はフリーのCADソフト“LibreCAD”です。というわけで、理屈とデジタルの図面が今回の「作品」ということに…



純まっすぐトーンアーム

 それは、こんな箱でやってきた

 想像していなかった形。細長くないんだが?


 で、中は…

 なるほど、対角線に納まっているのだね。大した梱包材なしに、要領よく納めてある。もう一組の対角を埋める2つの白い小箱はスタイラスクリーナー“SaSuPa”と、既におなじみとなった特許シェル“MITCHAKU”。


 ご本尊を引っ張り出す。

 専用の梱包材といえるのはアームを固定したMDFのボードのみ。軸受け部を縛っている白い紐…いわゆる普通のパンツのゴムだなこれは(現代ではこれが使われているパンツはもうないが)。何かと何かを留めている訳ではなく、ワンポイントの軸受けを浮かせて保護するためにアームとアームポストとの隙間に咬ませてある。

 奥に付属のフォノケーブルが見える。ボケてはっきりしないが、無闇に太くないのが見識だろう。RCAプラグはずっしりとした共振し難そうなものだ。



 FIDELIXが発売したこのトーンアーム“0 SideForce”は、いわゆる「ピュアストレートアーム」である。

 ピュアストレートアームという呼称は江川三郎氏によるものだ。オフセット角のついた「ストレートアーム」が普通に存在していたので、そういうのとは違ってカートリッジまでまっすぐなのだ、ということを表すのに「ピュア」を名乗る必要があった。

 しかし、そもそも音盤再生の歴史においてトーンアームというものが使われ始めたときはみんなピュアストレートだった。違う形のものはなかったので、当然ながらわざわざストレートだの、ましてピュアだのと、他と区別するための呼び名は必要なかったのだ。

 やがて頭のいい人が、アームの長さと設置位置の関係を工夫することによって、トラッキング角の変化幅をかなり小さく抑えられることに気づき、ピックアップ部にオフセット角を持たせたアームを発案した。これを使うとトラッキングエラーが劇的に小さくなったのだ。

 以来トーンアームはオフセット角を持つのが当たり前になってしまった。画期的アイディアとして認められたということなのだろうか。私は見た目の要素が案外大きかったのではないかと勘ぐっている。だって、芸術的に曲線を描いたアームはデザイン的に見栄えがするからね。しかもピックアップが常にちゃんと音溝の走る方向に沿っているのを見たら、従来のアームよりずっと賢そうだと思うのも不思議はない。並べてみれば、単純にまっすぐなだけのアームなんて、なーんにも考えてないバカみたいなアームに見えるだろう。

 しかし、巷のレコードプレーヤーがオフセットアーム一色になってしまってからも、頑としてオフセット角なしのまっすぐなアームを使っていたメーカーもあったという。業務用機器だけを専門に造っていたウエスタンエレクトリック(ウエストレックス)だ。
 なにしろ「あの」ウエスタン、その当時最高レベルの優秀な頭脳が結集していたことだろう。それが先端技術であるはず?のオフセットアームを採用しなかったというのは、「トラッキングエラーに気を取られたオフセットアームは本質を見失っている、ピュアストレートアームこそが力学的に真っ当なのだ」という確固とした判断があったのでは…まあ勝手な想像ですが。

 そして、実は江川氏よりだいぶ前の、オーディオの黎明期といってよい時代の日本にも、ピュアストレートアームを使っていた人がいたようだ。

 加藤秀夫氏というオーディオ研究者のことを知る人はあまり多くないと思う。Webで見つかる情報も少なく、私自身も断片的なことしか知らない。ステレオ時代になってからもひたすらモノラル再生を追求したという人だ。ウエストレックスからカートリッジ(リプロデューサーと呼ばれる)の製作依頼を受けてもいたとか。
 氏の研究成果である“マイクロフォロー”と名付けられたアーム一体型のモノラルピックアップシステムは、写真で見る限りピュアストレートである。ピックアップ部は0.3gという超軽針圧のMCで、カンチレバーはなく、振動系はスタックスのコンデンサーピックアップCP-15Vとよく似た構造であるらしい。
 この人の場合も、その確固たる信念を感じさせるシステムのことを知れば、ただなんとなく、とか、何も考えないでピュアストレートにしていたとは考え難い。

 そんなこんなで、ピュアストレートアームは決して欠点無視のヤケクソキワモノアームなどではなく、これこそが真に理にかなったアームである、という話に持っていける可能性が増してきたのではないでしょうか。



 前置きが長くなったが、ともあれアームをプレーヤーに載せないことには始まらない。

 私のプレーヤーには、STAXのトーンアームUA-7/cfNが載っている。その前のプレーヤーから引き継いでもう30年近く愛用しており、コンデンサーカートリッジCP-Xを使うために必要なアームなのだが、ここへ来てついに交替である。
 とはいえ、お役御免というつもりはない。0 SideForceのアームベースは16〜20.5mm径のアームポストを固定することを想定した「ほぼ万能ベース」であるため、その気になればSTAXのアームと挿し替 えてコンデンサーカートリッジCP-Xにも対応できるのだ。

 と思っていたら、実はフォノケーブルを挿すDINコネクターの向きがUA-7とは180度逆を向いていた。コネクターの向きを変えるのは、プレーヤーを定位置に置いたままではどうやら無理。ちょっとアテが外れた。もっと細くて軟らかいフォノケーブルを自作してみる、いっそCP-X用プレーヤーを別に設える… ま、対応はいずれ。


 さて、どうにかアームを交換完了。久々にプレーヤーを持ち上げたが、このボード、大きくはないけれどそこそこ重く、結構大変なのだった。


アームの高さ調整中。あとちょっとだけ下げようかと思っているところ。


 それで、0 SideForceの音はというと、まあ予想していたことではあるが、明瞭さ、情報量の多さに、お口あんぐり。今まで出なかった音が、あっけなく、まったく「いともたやすく」わき出してくるような印象だ。聴いて即、併売する計画だったオフセット角付きの姉妹アームをボツにしたという中川さんの話が納得できる。FIDELIXのホームページでは特に低音の良さについて述べられていたが、なんのなんの、中高音の切れ込みにしても我が家史上最高に鮮やかで、再生帯域自体上下に広がったかのように感じられる。あらゆる音の彫りが深くなり、微細なニュアンスをこれでもかと伝えてくる。

 ハードでシャープ一辺倒ということではなく、ユパンキなど聴くと今まで十分に再生しきれていなかったガット弦の柔らかな質感が生々しく表現されて、なんともしなやかで美しい音に嬉しくなる。とりわけ、アコースティックな音源の微妙なニュアンスのリアルさが際立つ。オフセットアームよりも格段に大きいトラッキングエラーによる歪みらしきものは、特に聞き取れない。

 やはりまっすぐなアームこそが物理的に正しいのではないか。ウエスタンエレクトリックは正しかったのだ、たぶん。


 オーディオの楽しみ方は様々だ。銘機の動作する佇まいを愛で、銘器を扱う感触を味わう。古の機器のコンディションを整えて趣ある音に身を委ねる。そういうのも良いものだと思う。しかし、レコードの音溝に刻まれた情報を余すところなく再生することに心血を注いでいる人には、このアームはとてもいい相棒になるだろう。

 ただし、使い心地の快適さでは、滑らかで繊細なUA-7には及ばないと感じた。
 アームレストから外すときや戻すときに、1.01ポイント軸受けの0.01部がカタカタいう。アームレスト自体もちょっときつめで、私は戻すときには支点の軸受けをいたわるべく、ヘッド部を持たずに、アームレストに指を添えパイプを一緒につまむ感じで収めている。シェルのコネクタは新しいせいもあるだろうがちょっときつくて、MITCHAKUシェルだとなおさら挿し難く、軸受けを痛めないように気を遣わせられる。あと、リードインの針を落とす位置決めは、音溝の走る方向とカートリッジの向きが違うので慣れが必要、などといった塩梅。

 でも、そんなちょっとした使い難さも、この音を聴いたら大した問題とは思わなくなる人は多いのではないか。

 そして、この音、金田式を追求している人の嗜好にぴったりハマりそう。
 金田氏はSME3012を、インサイドフォースキャンセラーやラテラルバランサーなどのカンザシ類、すなわち共振生成器をすべて取っ払って使っているようだが、このアームなら初めから余計なものは付いていないし、もっともシンプルかつ本質的だ。金田式以上に金田式的と言ってよいのではないだろうか。ショートアームが必要だったら是非お勧めしたい。



 ということで、私としては決定版といえるトーンアームを手に入れられた気分で、大いに満足しているのだが、実は同時にいろいろとモヤモヤが膨らんでいる部分もある。

 既に0 SideForceはオーディオ誌上で絶賛といえる評価が与えられている。それはいいのだが、それらの解説にはピュアストレートアームの動作に関して明らかな間違いが書かれているのだ。それはもとを正せば、アームの動作について、通常のトーンアームも含め、正しく理解されていないことに由来しているものと思われる。
 その種のモヤモヤはずっと以前から自分の中にあったものだ。今回このページを作るついでに、よい機会だからそれらも一通りまとめていっぺん吐き出してみようかという気になった。


 ということで、これから少しばかりトーンアームについて語ることにします。興味のある方、暫しお付き合いを。




トーンアームにまつわる力たち

 「インサイドフォースの追放による音質向上が絶大で」云々…オーディオ誌に0 SideForceに関連して綴られていた言葉である。ピュアストレートアームではインサイドフォースは発生しないと思っている人がいるが、それは誤解だ。

 ならインサイドフォースとはどのような力だろう。「インサイドフォースを解説しているサイトやブログは数多あるが、いずれも間違っている」というような指摘をする記事も見かけるが、私が見た範囲ではそれを書いた筆者自身も間違えている場合がほとんどだった。丁寧に図や数式を添えて説明していても、作図方法に不備があったり、式の根拠となる考え方に誤りがあったり、発想の出発点での間違った思い込みに気づいていなかったり。

 こらから私が書くことも、もしかしたら珍説扱いを受けるかもしれないし、あちこちで違った説明をされても結局どの説が正しいのか分かんねえや、ということになるだけなのかもしれない。が、まあ、それはそれ、自己満足に過ぎないかもしれないけれど、とにかく進めてみよう。


 ではまず、次のうち間違っているのはどれでしょう?

ア: トーンアームにオフセット角があるせいでインサイドフォースが発生する。
イ: ピュアストレートアームではインサイドフォースは発生しない。
ウ: インサイドフォースのせいでカンチレバーが偏る。
エ: インサイドフォースは針先にかかる力だから、本来インサイドフォースキャンセラーはアームでなく針先にかけるのが正しい。
オ: 内周では線速度が外周より小さいので、音溝の摩擦が少なくインサイドフォースも小さい。
カ: インサイドフォースは力ではなくモーメントである。


 答えは、風の中に…はなくて、この後の文に。



1 正常トレース時のインサイドフォース

 まず、普通に溝が切られたレコードをスタイラスが正常にトレースしている状態で、トーンアーム周辺の水平方向の力の関係を考えてみる。音溝の細かな形は考えず、音溝の壁は一定の摩擦を持った滑らかなものとする。

 図1-1a(添字aはアニメーションの意味)は普通のオフセットアームを想定して、アーム先端のスタイラスが正常にレコードをトレースしている状態を表している。青の線がアームだが、これはアーム支点(水平回転中心)とスタイラスチップを結ぶ線分である。ここではカートリッジやカンチレバーもトーンアームと一体のものとして考える。


〈 図1-1a 〉

 ここで、実際のアームはS字やJ字にうねっていたりするし、カートリッジはオフセット角を付けて装着されている、そういうことは考えなくていいのか?という疑問を持たれるかもしれないので、その点を確認しておこう。

 まず、S字、J字、ストレートといったアームの形状は、単なるデザイン的要素であって、ここでの考察に影響することはない。アームの機能としては、支点から一定の距離にスタイラスを保持する機構であるということだけである。

 このことがよく理解できなかったら、薄くて透明な長方形の板で作ったアームを想像してみるとよい。針圧他、現実的なことは気にしない。支点があって、適切な位置にスタイラスが付いているだけのもの。音溝をトレースするアームの機能のエッセンスである。
 その透明板アームに好みのアームの姿を描く。S字もJ字も装うのは自由。何ならアルファロメオの蛇の形にだって描ける。カートリッジが斜め方向を向いているかどうかも同じくデザイン的要素に類する事柄だ。そしてどう描いても、気分に影響はあるかもしれないけれど、機能に影響はないのは分かってもらえると思う。


 今、レコード盤が回転し、正常にトレースされている状態を考える。レコード盤が回転すると、スタイラスには音溝との摩擦により音溝の接線方向の力Aが加わる。Aはこの系の中で唯一アクティブな力だ。他のすべての水平方向の力はこのAに応じて発生することになる。

 スタイラスは静止して安定に音溝(今は無信号)をたどっている。静止しているということは、このAを過不足なく打ち消す力が存在しているということだ。Aと同じ大きさで逆向きの力、すなわちAに対する「反作用」(-A)である。図1-1aでは灰色の点滅する矢印で表現している。

 しかし、このような力を発揮することができる「単独の」構造物は、ない。

 スタイラスを支えている構造物といえば、まずはアーム、そして音溝の壁、この2つしかない。となると、Aに対する反作用はこれらが協働して受け持っていることになる。

 アームが受け止めることができるのは、それ自身の方向の力のみである。一方、音溝の壁が支えることができるのは、音溝(の接線)と垂直な方向、つまり音溝半径方向の力だ。この2つの方向の力が合わさって-Aをつくっていることになる。

 -Aをこの2つの方向で分解し、アームが受け持つ力をB、音溝壁が受け持つ力をCとしよう。かくして、図1-2aが得られる。


〈 図1-2a 〉

 式としては、B+C=-Aという関係が成り立っていることになる。-Aを移項すれば

A+B+C=0

となる。これがトレースが正常に行われているときの力の関係を表す式である。3つの力が釣り合っていること、すなわちスタイラスが静止していることを表現しているきれいな式だ。


〈 図1-3 〉


 ところでBの力だが、この力の本当の主はアームの支点である。だからBのベクトルは、始点をアームの支点の位置に取って描くのが正しいといえる。しかしそんな図では、後の話の展開のために必要となる作図がほとんど不可能だ。剛体たるアームを介してスタイラス点においてBの力が発揮される、と解釈して問題はないので、この図のままで話を続ける。

 この式(と図1-3)はいろいろな見方ができる。A,B,Cのうちのどのひとつの力も、他の2つの力の和に対する反作用となる。もともと初めのB+C=-Aはそういう考え方から作られた式だったが、他にもA+B=-CとC+A=-Bが作れる。

 ではA+B=-Cで表現されることの意味を考えてみよう。これはスタイラスがA+Bの力で音溝の壁を押し、音溝がそれを力Cで押し返しているという解釈を表現した式といえるだろう。


〈 図1-4 〉

 トレースが正常に行われている状況においては、このA+Bがインサイドフォースである。音溝の壁が発揮している力Cは、そのインサイドフォースに対する反作用であるということができる。


 さて、インサイドフォースといえば、「アームにかかるもの」と認識する人がいそうである。というか、多そうだ。図1-4の黄色矢印だけに気を取られると、この力がアームにかかっていると思ってしまいがちだろう。

 しかし、そうではない。

 このA+Bの力は、スタイラスすなわちアーム先端部が音溝の壁に対して加えている力である。アームにかかっているのではない。もとをたどればAの力がアームにBの力を発揮させ、結果、音溝の壁に対してA+Bの力をかけさせているのだ。

 つまるところ、インサイドフォースは音溝にかかる力であり、音溝の壁がそれを打ち消している(この力のためにこちらの壁への針圧が増し、反対側は減ずる)。
 そして「インサイドフォースのせいでカンチレバーが偏る」というのも誤解である。今、カンチレバーはアームと一体のものとして考えているわけだが、カンチレバーはサイド方向のフォースを受けてはいないのである。


 ここまでの話、つまり「インサイドフォースはアームにかからない」に違和感を持つ人は結構多いかもしれない。だったら、アームにかかる力とは何なのか。

 あとひとつ残った式、C+A=-Bの意味を考えてみる。これはC+Aの力をBが(アームが)打ち消しているということだ。
 つまりC+Aはアームをまっすぐ引っ張っている力である。


〈 図1-5 〉

 このC+Aがアームに「かかる」力であり、そしてアームにかかる力はこれがすべてである。アームから見て横方向の力はかかっていないのだ。

 これは実は当然のことだ。もし横方向の力があれば、その力によってアームは支点を中心に回転してしまう。そもそもアームは横方向の力を受けとめることはできないのである。止まっているということはアーム自身の方向以外の力はない(もしくは打ち消されている)ということなのだ。

 インサイドフォースだけに注意を向けると、インサイドフォースがアームにかかっていると勘違いしてしまう。起きている現象の全体を捉えて考えなければいけない。アームにかかる力を考えようとして、A+Bだけを考えるというのはそもそも不適切なのだ。
 これで先ほどの「インサイドフォースはアームにかかる力ではない」の意味が解ってもらえるのではないかと思う。
 そして、オフセットアームでカンチレバーが偏るのは、このC+Aの力によるのであって、インサイドフォースのせいではない。なにしろ、そもそもインサイドフォースはアームにかかっていないのだから。単に、このアームにかかる力C+Aの方向(言い換えれば、アーム支点とスタイラスの間にかかる「引っぱり力」の方向)に対して「カートリッジが斜め」になっていることがカンチレバーの偏りの原因なのだ。




 実際にレコードをトレースしている状態では、音溝の摩擦力Aの大きさは絶えず変動するし、Aに応じて発生するBやCも同時に変動する。当然C+Aの力も常に変動している。
 通常のオフセットアームでは、アーム方向に対して斜めに付いているカンチレバーは、音溝に刻まれた信号とは別に、C+Aの変動によって絶えず揺すられる。つまりカンチレバーの偏り具合が変動するのだ。それが音によい影響をもたらす筈がないであろうことは容易に想像できる。

 そんなカンチレバーの偏りの変動をアニメーションで表現してみた。 

 いまひとつ拙いですが、この感じ、伝わるだろうか。青の線は、ここまでの図ではスタイラスとアーム支点を結ぶ直線(アーム方向)だったが、こちらではカートリッジを含めたアーム本体を表している。黄色はカンチレバー(動きが解り易いように極端に長く描いている)、赤がC+Aの力である。 (スタイラスとアーム支点間が離れる動きの際には、アームは少し時計回りに回転する。この動きをインサイドフォースの一種と捉える人がいるが、これはインサイドフォースとは全く別のことである。バネが伸び縮みするときにバネが変形するのと同じことだ。)

 カンチレバーがアーム方向そのままにまっすぐ引かれるピュアストレートアームなら、当然このような現象は生じ得ない。そのことが音質上大きなメリットをもたらす、というのがFIDELIXの主張だ。(やっとここへたどり着いた(^^;。)
 江川氏は短くてまっすぐなアームの高剛性に高音質の理由を求めたが、私としてはこの中川説のほうにより説得力を感じている。


 ところで、インサイドフォースに話を戻すが、ピュアストレートアームの場合、既に述べた通りオフセット角がないことは特にインサイドフォースには影響せず、外周側ではオフセットアーム同様にインサイドフォースが発生する。
 トレース位置が音溝の中程でトラッキングエラーがゼロになるが、そこを過ぎて更に内周に進むと、今度は音溝接線方向とアーム方向とのなす角の関係が逆になって、図1-6aのようにA+B(表記はないが黄色の矢印)は外周側を向く。つまり「アウトサイドフォース」である。Cを受け持つ音溝の壁は、外周側をトレースしていたときとは反対側の壁である。


〈 図1-6a 〉

 このように、ピュアストレートアームでは、インとアウトの両方に向きが変化するサイドフォースが発生するのである。

 ということで、FIDELIXのアームの名称“0 SideForce”のSideForceは、本来の意味のサイドフォースではなく、オフセットアームで存在するところの「カンチレバーの立場から見た横方向の力」のことであると解釈せねばならない。既に述べたC+Aの力のうちの、カンチレバーから見た真横の成分がゼロなのだ、ということでよいだろう。


 さて、これでひとまずインサイドフォースを説明できた感じなのだが、まだ話は終わらない。実は、インサイドフォースには2種類あるのだ。



2 溝無し盤でのインサイドフォース

 針圧が軽すぎたり、盤の状態がよくなかったりして、スタイラスが音溝にうまくはまり込まずにアームが内周のほうに流れてしまうことがある。いわゆる「スケーティング」ですね。これは、インサイドフォースが「アームが流れる」という目に見える現象として現れたものだが、この力は 1 におけるインサイドフォースとはちょっと違う。
 音溝がなかったなら、1 の状況では音溝の壁が受け持っていたCの力がなくなるわけだから、A+Bの力に抗する力がなくなる。結果、A+Bの力によりアームは内周側へと回転することになる。
 このとき、A+Bの力がやはりインサイドフォースであることには変わりはないが、そのベクトル図は、1 で考えたものからCを消しただけでは正しいものにならない。

 A+Bは、1 では音溝の壁と垂直、すなわちレコード盤の「スタイラスを通る半径方向」の力だった。
 一方、こちらの状況だと、A+Bは「アームを回転させる力」である。ということは、アームがスイングしたときのスタイラスの軌跡となる円弧の接線方向、すなわち「アーム方向(青線)に対して垂直な方向」の力でなくてはならない。


〈 図2-1 〉

 このA+Bの力の考え方であるが、まず盤面との摩擦力Aは 1 の場合と同じだ。これに対して、アームがスタイラスを引き止める力Bが生じるが、この場合のBの大きさは、合力A+Bがアーム方向と垂直になるように定まることになる。
 つまり図2-1のように、AとBを隣り合う2辺とする平行四辺形が、スタイラスを一端とする対角線(A+Bの力)がアームの方向と垂直になるように定まるということだ。この力Bの大きさは、1 の場合よりも少し小さくなる。

 ところで、1 ではインサイドフォースはアームにかかるのではないことを述べたが、こちらのインサイドフォースは実際にアームを内周側に運ぶ力なのだから、アームに「かかる」力だといっておかしいことはないように見える。
 しかし、実は私はこちらの場合にもこの表現は問題があると考えている。まったくダメとは言わないまでも、力が「かかる」という言葉がこの現象を正しく表現しているとは思えない。

 理由は2つある。「かかる」という日本語のニュアンスについてのことである。

 まず、「力がかかる」と言ったとき、その力は外部から与えられるものという印象がある、ということがひとつ。
 インサイドフォースがアームにかかる、と言えば、アームがインサイドフォースという外力を受けているように聞こえる。しかし、このインサイドフォースというのはA+Bだ。Bはアーム自身が生む力である。つまり、インサイドフォースはアーム自身がつくっている力だといえる。つまり、インサイドフォースはアームにとって外力とはいえない。そう考えると、この力がアームに「かかる」というのはおかしいのではないか、ということである。

 もうひとつは、「力がかかる」というときは、その対象がその力に「耐えている」場面が多いように思われることだ。つまり、反作用があることを言っているようなニュアンスを帯びるということである(常に必ず、という訳ではない)。実際、反作用がないときには「力がかからない」「力が抜けてしまう」などの表現が用いられる。
 そして、ここではアームがインサイドフォースに抗することができずに流れてしまっている。反作用ができていない訳だ。

 ということで、「かかる」という表現にはいろいろ問題があると思わざるを得ないのだ。

 因みに、1のほうでは「C+Aがアームにかかる力である」(図1-5)と述べたが、CもAもアームにとっては外力であるし、アームがまさしくこれらの力を受け止めている。したがって、上記のような表現上の問題はまったくない。
 私としては、このスケーティングをもたらすインサイドフォースは、盤面からAの力を受け取った結果アームが「持ってしまった」力と捉えるのがよいと考えている。


 話をインサイドフォースそのものに戻して、もうひとつ別の考え方を示す。

 盤面との摩擦力Aがスタイラスにかかっている。この力はアームに「まっすぐ」かかってはいないので、アームはAのすべてを受け止めることはできない。アームが受け止め得るのはアーム方向の力だけであり、アームと垂直な方向の力に対しては一切抵抗できないのだ。
 そこで、Aの力を「アーム方向」と「アームに垂直な方向」に分解してみる。この2つの分力は、それぞれAのうちの「アームが受け止められる分」と「受け止められない分」になる。


〈 図2-2a 〉

 Aを分解した2つの力のうち、アーム方向の力(オレンジ)は、アームの反作用の力B(緑)により打ち消される。つまり、Bの大きさは、Aの力のアーム方向成分と同じである。よって、Aの力のアーム方向の分力は-Bと表現することができる。
 もう一方のアームと垂直な力(黄)、これはAからそのアーム方向の成分である-Bを差し引いたものであるから、A-(-B)ということになる。つまりA+Bだ。これが、Aのうちの「アームによって打ち消されることなく残ってしまう成分」だ。

 つまるところ、アームにかかる力(外力)はAがすべてで、その力Aのうち、アームが打ち消しきることができずに残った分がA+Bだということである。先に述べたことから、これはアームの反作用が及ばない分なのだから、Aの力のうちのアームに「かからない」分だ、と表現することもできると思うが、どうだろう。

 ということで、このA+Bの力は、これを打ち消すものが何もない状態で残り、抵抗する術のないアームを内周側へと流す。これがスケーティングであり、そしてこのA+Bがこの状況におけるインサイドフォースである、という訳だ。


 ここまで、普通のオフセットアームを想定してスケーティングの原因となるインサイドフォースについて考えてきた。ピュアストレートアームの場合については、既に 1 での説明もあるので、図を思い描くことは容易と思うが一応示しておく。


〈 図2-3a 〉


 以上、2種類のインサイドフォースについて説明したが、これらは公式に分類・定義されている訳ではないようだ。技術書で解説されているインサイドフォースは、こちらの 2 のほうを指している場合がほとんどであろう。古い専門書のインサイドフォースに関する記述を紹介しているブログを見つけたが、ほぼ 2 の説明に近い内容である。普通の(レコードを正常にかけることができている)状態であるはずの 1 の場合が一般にはほとんど論じられていないようであるのが不思議に思われる。
 個人的には、1 で説明したほうを「インサイドフォース」と呼び、2 のほうを「スケーティングフォース」として区別するのが合理的に思えるが、海外の文書で“skating force”の呼称で 1 のほうの図を示しているものを見つけてしまった。

 英語では“skating force”という表現が広く使われているようで、“inside-force”のほうも使われるが、いくぶんマイナーのよう。1 , 2 の場合を意識して呼び分けている訳ではなさそうだ。海外のオーディオ系掲示板のskating forceを話題にしているスレッドを、たまたま少しだけ覗いてみたことがあるが、そこでもやはり間違った説明がされていて、混乱ぶりは日本の状況と似たような様子に思われた。

 これら2種類のインサイドフォースに言及している文書は見たことがない。Webにも2016年12月現在、私が見た範囲では皆無…と思っていたのだが、たまたま「あの」yoshさんの「アナログレコード再生のページ」の「アーム」のページを拾い読みしていたら、ちゃんとこの2種類を表す式がさりげなく紹介されているのに気がついた。かなり以前から覗いていたサイトなのだが、なにしろ書かれている情報が質・量とも圧倒的ゆえ、どうしても意識が向いたところだけの拾い読みになってしまい、面倒臭そうな数式には目が行っていなかったようです(^^;。
 ただし、インサイドフォースが2種類あることをことさら強調した表現ではなく、どうしてそうなるかの解説もないので、私ごときがこのページを作成する意義も、まあ少しはあるかな、と。

 ということで、以降このページでは必要に応じてこれら2種類のインサイドフォースを、正常トレース時の「インサイドフォース1」、スケーティング時の「インサイドフォース2」と区別することにする。
 図2-4は両方を並べて比較した図だ。インサイドフォース 1 のほうは音溝壁の力Cとセットで表現するべきと思うが、ここでは省略。


〈 図2-4 〉

 これらを表す数式も一応示しておこう。スタイラス地点における音溝の接線方向とアーム方向のなす角は「水平トラッキング角」(以下、「水平」は省略)と呼ばれ、この角度が音溝の摩擦力とともにインサイドフォースのパラメーターとなる。
 A(ベクトル)の力の大きさをF、トラッキング角をθとすれば、図から

インサイドフォース1= Ftanθ

インサイドフォース2= Fsinθ

となることが解る。

 先述のyoshさんのページでは、それぞれμWtanΦ,μWsinΦという形で書かれている。Fが「針圧(W)×摩擦係数(μ)」で表現され、トラッキング角θの代わりにアームのオフセット角Φが用いられているのだが、本質的には同じ式だ。
 オフセットアームは、トラッキング角θの変化幅が小さくなるようにジオメトリーを設定し、オフセット角Φをトラッキング角θの変化範囲のおよそ中間の値に取ってトラッキングエラーを小さくする。それゆえ、トラッキング角は大雑把には「Φ周辺の値」である。また、実際のレコードの音溝ではμが一定ということはあり得ないので、実用的には概算値を求めることができれば、あるいは求め方を表現できれば十分、というより、どの道そのくらいしかできない、ということだろう。

 ただ、こういう式が示されると、オフセット角がインサイドフォースのパラメーターであるように誤解される恐れがあると思う。

 ところで、音溝の線速度は式に含まれていない。これは、動摩擦力の大きさFは線速度に無関係だからだ。μが一定で音溝が動いてさえいれば一定の摩擦力が発生し、それは内周・外周、33回転・45回転で変わらないのだ。もっとも、μが一定というのは無音の音溝くらいで、実際に鑑賞するレコードには端からあてはまらないし、音溝がスタイラスを引く力はそもそも「摩擦力」なのかという議論もある(これについては後ほど改めて考察したい)。


 最後に、ひとつ念を押しておきたい。
 1, 2 とも、インサイドフォースは単独に存在している力ではない。実際にあるのはAの力とBの力であって、それらが一緒にスタイラスにかかった結果としてインサイドフォース(=黄色矢印)の働きをしているのだ。その意味で、インサイドフォースは(こんな表現は適切ではないかもしれないが)仮想的な力である。
 AとBの2つの力がスタイラスに加わることは、A+Bの黄色矢印そのものの単独の力がスタイラスに加わることと同じではない。これらを同一視できるのは、特定の観点においてのみのことである(A+Bの力を単独の力として加えても、それがAとBになったりはしないということ)。


 以上、インサイドフォースとはどのような力なのかについての説明はほぼ終えたつもりだが、いずれにしてもレコード再生には不要な力である。自然な流れとして、次は「じゃあこれにどう対処する?」という話になる。



3 インサイドフォースキャンセラーの働き

 というわけで、インサイドフォースキャンセラーの登場である。
 当然キャンセラー無しが前提のピュアストレートアームは対象外、オフセットアームについての話になる。

 トーンアームが上から観て反時計回りの回転力を持てば、それはスタイラスの位置ではアーム方向とは垂直な向きの力となるので、それで 2 のほうのインサイドフォースを打ち消すことができる。これがインサイドフォースキャンセラーだ。打ち消すのがインサイドフォース 2 、すなわちスケーティングをもたらす力のほうだから、「アンチスケーティング」ということにもなる。


〈 図3-1a 〉

 インサイドフォース 1 は、音溝の壁が発揮する力によって打ち消されているのであったが、音溝の壁の力をCとしたのに揃えて、こちらのインサイドフォース 2 を打ち消すキャンセル力もCと呼ぶことにしよう。Cは、実はCancellingのCなのであった(と、ここの文を考えていて思いつき、図に続きの小文字を書き加えた (^^;)。


 日本で多く用いられている「インサイドフォースキャンセラー」という言葉は、そのまま英語として通用するようだが、海外ではやはり“anti-skating device”のほうが用いられる頻度は高そうである。
 誰がインサイドフォースキャンセラーを発明したのか私は知らない。呼称からして、インサイドフォースを打ち消すことがその機能だと判断するのは自然なことだろう。しかし、実際のところ発明者の意図は単なる「インサイドフォースの打ち消し」や「スケーティング防止」だったのだろうか? そうであれば、図3-1aを示したら話が終わってしまうのだが、私としては、もっと他のことを考えていたのではないかと想像してしまう。

 インサイドフォースキャンセラーの働きを考えるのに、インサイドフォースの打ち消しを直接の目的にすると、力の向きから、打ち消す相手は必然的にインサイド フォース 2 になってしまう。それゆえ、世に見られるインサイドフォースの説明は 2 のほうばかりになっているのかもしれない。

 しかし、インサイドフォースの打ち消しそのものを目的に据えることが、機能の説明のために不可欠というわけでもない。呼称にとらわれず、ちょっと違った発想で観てみよう。

 インサイドフォースキャンセラーは、言うまでもなくレコードを正常に再生するために使用するものである。よって、音溝のある普通のレコードで考える。まず、音溝がスタイラスを引く力Aがあるところから。つまり、1 の初めのところの考え方そのままだ。
 アームはスタイラスを引きとめるアーム自身の方向の力B(Aに応じてパッシブに定まる)を持つ。そして、アームがインサイドフォースキャンセラー、すなわち、アームを反時計回りに回転させようとする機構を備えていれば、アームはスタイラス位置においてアームと垂直方向の力Cを(こちらはアクティブに)発揮することができる。つまり、互いに垂直な2つの方向の力を発揮する能力を持つ訳だ。

 ということは、Cの力の大きさを適切に定めることにより、図3-2のようにB+CでAの力が打ち消されるようにできることになる。


〈 図3-2 〉

 この状態では、1 の場合と同じく A+B+C=0 が成り立っている。B,Cはともにアームが受け持つ力だ。つまり、アームだけでAの力のすべてを受け止めている訳である。インサイドフォースキャンセラーの機能の核心はこのことにある。

 すなわち、アームに適切な大きさの半時計回りの回転力を持たせることができたなら、音溝の壁に余計な負担をかけることなく(ということは、左右の針圧を均等に保って)、スケーティングもなく、盤が正常にトレースされる。実にうまい話ではないか。

 かくして、インサイドフォースキャンセラーの機能の説明が完結したが、ご覧の通り、インサイドフォースは登場していない。


 さて、ここまでは、相変わらずスタイラスがアームの端点であるものとして、すなわちカンチレバーを無視して論じてきた訳だが、インサイドフォースキャンセラーでアームに力をかけたらカンチレバーに影響しないはずはないだろう、と思われた方、あなたは正しい。インサイドフォースキャンセラーは確かにカンチレバーに対しても力を及ぼす。

 ここで、無いものとされていたカンチレバーにも光をあててみよう。

 図3-3は、音溝のある普通のレコードがインサイドフォースキャンセラーを備えたオフセットアームで安定にトレースされている状態を示している。早い話、図3-2をより詳しく描いたものだ。
 黄色いのがカンチレバーだが、見易いように尋常でない長さに描いている。アームの先端はカンチレバーの付け根部分ということになる。オフセット角を付けて取り付けられているカートリッジも一応描いてみた(のだが、あんまりそれっぽくない(^^;)。
 音溝の接線方向とオフセットされたカートリッジの方向が一致した状態(つまりトラッキングエラーゼロ)になるタイミングで、なおかつインサイドフォースキャンセラーが理想的に機能しているという、このうえなく都合のいい状態の図ということでご了解を。


〈 図3-3 〉

 カンチレバー先端のスタイラスをAの力が引っ張り、カンチレバー付け根のほうでは、アームの引っ張り力Bと適切なキャンセル力Cが発揮されている。すなわち、AとB+Cの力がそれぞれカンチレバーを両側から引っ張り合っている状態といえる。
 つまり、この状態ではカンチレバーは「まっすぐ」引かれている。だから、カンチレバーが偏ることはないし、針圧も左右均等になる。理想的な状態といってよいだろう。

 実際のオフセットアームは、基本的にトラッキングエラーが小さくなるように設計される(SAEC WE-308Nのように、ちょっと違った思想に基づくものもある)。つまり、音溝の接線方向とカンチレバーの方向は概ね近い(完全に一致するのは、音溝の区間のうちの1点ないし2点でしかない)。
 だから、インサイドフォースキャンセラーが適切に機能すれば、カンチレバーはほとんど偏ることなくまっすぐ引かれ、したがって針圧も左右ほぼ均等になる。若干のトラッキングエラーには目をつぶるなら、そこそこ理想に近い状態でレコードを再生できることになるのだ。
 呼称にとらわれず本質的な意味を考えれば、インサイドフォースキャンセラーは「オフセットアーム使用時において、音溝接線方向(≒カンチレバー自身の方向)にカンチレバーが引っ張られるようにする装置」であるといえるのである。

 かつてオルソニックというメーカーが「インサイドフォースチェッカー」なるものを販売していた。メーターの付いたカートリッジ、といった外見で、カンチレバーの偏りをメーターの針で読み取れるようにしたものだ。
 既に説明した通りカンチレバーが偏るのはインサイドフォースのせいではないので、これではインサイドフォースを読み取っていることにはならない。しかし、メーターが0を指すようにインサイドフォースキャンセラーを調節すれば、キャンセル力は適正ということになる。だから本当は「キャンセル力チェッカー」である。
 もっとも、実際に使うカートリッジとスタイラス形状や針圧が同じでないと精確な調整にはならない訳だから、あまり役に立つものではないだろう。

 さて、このように、インサイドフォースキャンセラーはスケーティングを防ぐと同時に、カンチレバーをまっすぐ引くことで偏りをなくす働きもする。これはインサイドフォースキャンセラーをアームに作用させるからこそ可能なことである。
 したがって、「インサイドフォースキャンセラーは直接針先にかけるべき」という主張は誤りであることがわかる。

 「針先でインサイドフォースをキャンセル」といえば、インサイドフォースキャンセラーなしのアームで普通にレコードを再生できているとき(つまり 1 の状態)、まさしくそれが実現されている。キャンセル力Cを発揮しているのは音溝の壁だ。そのため、左右の針圧は均等にならない。
 1 の状態で、Cを音溝の壁に代わって受け持つ機構をもし実現できたなら、針圧の左右差はなくなるし、スケーティングも防げる。しかし、オフセット角のせいで発生するカンチレバーの偏りについてはそのままになってしまう。
 図3-4は、図1-5をより詳しく描きなおしたものだ。カンチレバーをアームと分けて描いてある。それに伴いC+Aの力に対する反作用Bを、本来これを受け持つアーム支点のほうに描いたので、視野を広げるために縮尺が少し小さくなった。


〈 図3-4 〉

 針先にキャンセル力をかける、とは、たとえばこの図のCに相当する力を「音溝の壁ではない何か」が受け持つようにすることになろう。この場合はCの担当が変わるだけなので、その状態を示す図もこのままで変わわるところがない。(より詳しくは、外部から与える力Cの向きはAと垂直でなくても、C+Aがアーム方向になればよい。)
 つまり、もし仮にキャンセル力を針先にかけるキャンセラーが実現できたとしても、それではカンチレバーがまっすぐ引かれるようにはならないのだ。スタイラスとアーム支点間にかかる引っ張り力に、「く」の字形に連なるカンチレバー(黄)とアーム(青)が耐え、結果としてカンチレバーが偏るという状況には変わりはない。アームに対して働かせるインサイドフォースキャンセラーは、カンチレバーに影響を与えるがゆえに有効なのである。


 というわけで、インサイドフォースキャンセラーは、スケーティングを未然に防ぎ、カンチレバーの偏りを補正し、左右の針圧バランスを均等にする機構なのであった。その理屈には特におかしなところはない。というよりむしろ、ほとんど完璧ではないか。

 しかし、理論と現実の乖離は、ままある。



4 インサイドフォースキャンセラーの実際


つづく