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 僕は 太平洋の 海を おうだんするのに 大きな 大きな 船に のって 何日も かかって やっと 大陸まで ついたんだ。

 さいしょは アメリカ合衆国へ 行くつもり だったんだけど、ついたのは 南のほうの 別の国 だったんだ。

 僕は ひとりぼっちに なっちゃった。アメリカでは お父さんと お母さんが まっているはず だったのに、船が アメリカに つかなかったので、お父さんたちに あえなくなっちゃったんだ。

 船の 中では お父さんの かわりに、別の 大人の 人が いてくれたから 心ぼそく なかったけど、お父さんに あえないと 思ったら、急に 涙が 出てきちゃって 大変だったんだ。

 僕は 大人の人たちが いくら おかしを くれたって 泣きやまずに、ずっと お父さんと お母さんを 呼んで、一日中 泣いてたんだ。

 それから、一週間ほど して、船が アメリカへ 向かうことに なったんだ。僕はお父さんたちに あえると 思って 大よろこび したんだ。そして、船は 北へと  向かい、数日 たった時には アメリカの西海岸に ついていたんだ。僕は むかえに 来ているはずの お父さんに 向かって 手を ふったんだ。それなのに、それなのに…。

 僕の お父さんは 来なかったんだ。もちろん お母さんも いなかった。僕は ちゃんと ひとりで アメリカに ついたのに、お父さんも お母さんも、むかえに  来てなかったんだ。僕は また 涙が 出てきちゃって、まわりの おとなたちが 何を言っても ただ ないてたんだ。

 僕は 陸に おりてから 大人たちに つれられて、いくつも 入り口を 通って、とうとう 外に 出て、車に のせられちゃったんだ。

 僕は
 「お父さんの ところへ 行くの?」
 と、きいたんだけど、なんにも 答えてくれなかった。

 僕は おそろしく なって、また
 「お父さん、お母さん!」
 と呼んで、泣いちゃったんだ。

 僕が つれて 行かれたのは、ビルみたいに 大きな家で、中には じゅうたんが しいて あって、大きな 階段のある おうち だったんだ。

 僕は ハラペコ だったけど、こわいから 何も 言わなかったんだ。そうしたら  へんな おばさんが、
 「おしょくじに しますか。」
 と いって 僕に きくんだ。
 
 僕は
 「うん。」
 と言って、それいじょう 何も 言わないで、だまってたら、もう1人の おばさんが、
 「こっちへ きなさい。」
 って言って、レストラン みたいな へやへ つれて 行って くれたんだ。

 僕は 見たこともない ごちそうを いっぱい ならべられて、みんなが 僕の 顔を 見ながら、
 「いい子。いい子。」
 って 言って わらってるんで、びっくりして 下を 向いちゃったんだ。

 そしたら、大人たちが みんなで、
 「さいしょは、みんな、はずかしくて 下を 向いちゃうんだ。」
 と言って、大わらい してるんだ。

 僕は 子ども だから おなか いっぱい 食べて すぐ かえろうと 思ったら、おばさんが、
 「よい子の お部屋は こっち ですよ。ほら、こっちへ おいで。」
 そう言って、こんどは ごてん みたいな へやへ つれて 行って くれたんだ。そこには おもちゃが いっぱい あって、テレビも ベッドも あって、それから  かべは まっ白で、いろんな 色の カーテンや 絵や、それから かざりが いっぱい ついてたんだ。僕は フカフカの ベッドで 飛びはねたんだ。

 おばさんは いつの まにか いなくなったんだ。僕は また こわくなって 泣いちゃったんだ。それから 僕は へやから そうっと出て、大人たちが はなしてるのを きいちゃったんだ。

 「あの子は 男の子だから すぐ なれるさ。どうせ さいしょの うちは だれだって さみしいんだ。しばらくは 泣いている だろうけど、友だちでも できりゃ、すぐ なれるさ。」

 「そうかねぇ。わたしは しんぱいだよ。りょうしんの ことは 何も 言ってないんだし、はやいとこ 言っちゃったほうが いいんじゃない?」

 僕は すぐ そばまで 来てたんだ。でも 大人たちは むちゅうに なって しゃべってたので、さいしょの うちは 気が つかなかったんだけど、僕が くしゃみしちゃった もんだから、みんなに バレちゃったんだ。

 大人の ひとりが 僕の ほうに ちかよって 来て、こう 言ったんだ。

 「きみの お父さんと お母さんは、今日から わたしと この おばさんだ。明日からは お父さん、お母さんと よんでほしい。」

 つぎに女の人が言ったんだ。

 「ぼうや、わたしたちは ぼうやの あたらしい お父さんと お母さん なんだよ。何でも かって あげるから こっちに おいで。」
 僕は あわてて へやに もどったんだ。そして、ひとばんじゅう 泣いてたんだ。

 僕は ひとりぼっちに なったんだ。アメリカで まってたはずの お父さんも お母さんも こなくって、へんな おじさんと おばさんが 僕の お父さんと お母さんに なるって 言ってんだ。僕は 日本に かえりたい。僕は お父さんに あいたいよー。」

 僕は つぎの あさ、けっしん したんだ。ここを ぬけだして、お父さんと お母さんを さがすんだ。僕は あさごはんが おわってから、みんなが ゆだんするのを まってたんだ。みんなが はなしこんでいる とき、僕は そうっと 外へ にげだしたんだ。

 外には すごく 大きな にわが あったけれど、あんまり ひろいので、どこが 出口なのか さいしょは わからなかったんだ。こわかったけど ひとりで アメリカまで やって来たんだ。こんなこと へっちゃらだ。僕は そとを いろいろと あるいたんだ。だけど まわりの 人が みんな 外人で、わからない 言葉で 話して いたんだ。僕は どうしようも なかったんだ。おなかが すいたので、お昼ごはんが 食べたく なったんだけど、どうすれば よいのか わからないし、僕は レストランの 前で 立って たんだ。

 一時間も 立ってたら、中から 人が 出てきて つまみ出されちゃって、それでも また 立ってたら、こんどは こわい 大人が 出てきて、おまわりさんの ところへ つれて 行かれちゃったんだ。僕は 言葉が わからないので どうしようも なかったんだ。

 それから しばらく たつと、子ども用の ごはんが はこばれてきて、とにかく おなかが いっぱいに なったんだ。でも へんな 外人たち ばっかりで、だれも 僕の 言うことが わからなかったんだ。僕は お父さんに あいたくて また 泣いちゃったんだ。そしたら、おまわりさんが、字を 書けって 言って 紙と ペンを くれたんだ。僕の 名前を 書けって 言ってるらしい ことは 動作で すぐ わかったんだけど、せっかく 名前を 書いても、それだけじゃ ぜんぜん わからないみたいで、ずうっと ほおって おかれたんだ。

 それから 僕は けいさつの たてものに つれて 行かれて、日本人らしい人から、話しかけられたんだ。日本人の おまわりさんは いろんなことを 聞いたけど、僕は 日本から ひとりで 来て、お父さんと お母さんに あいに 来たんだけど、お父さんたちの すんでいる 所も 電話番号も 何も おぼえてなくて、日本に 帰れば メモを 見て わかるけど、ただ 船に のれば むかえに 来て もらえるはずだったから、何も 知らなかったんだ。

 けっきょく、僕は、2日間も けいさつに いたんだ。2日 たった時、あの へんな おじさんと へんな おばさんが、僕の お父さん、お母さんと いっしょに むかえに 来たんだ。

 お父さんも お母さんも、いっしょに おじさんの 家へ 行って、みんなで 僕の ことを この おじさんの 家の 子どもに なったんだって 言うんだ。でも、これは もう 決まってたんだ。僕の お父さんは お金が なくて、僕は お金持ちの 家に もらわれることに なったんだ。

* * *

 そして今、僕は アメリカ人として 学校に 行ってるんだ。僕の 家は お金があるから 何でも 買えるけど、僕の 本当の お父さんと お母さんは、お金がないから まいにち たいへんなんだ。

 僕は しょうらい かならず りっぱな人に なって、ほんとうの お父さんと お母さんのために 家を 建てて あげるんだ。アメリカの 家は みんな りっぱだけど、みんな こわい 人たち なんだ。おなじ 年でも みんな 体が 大きいんだ。僕は はじめ、みんなが こわかったけど、でも 今は ちがう。僕は かならず、みんなが しあわせに なるように しょうらい りっぱな人に なるんだ。

 僕は アメリカ人として、今の お父さん、お母さんに かこまれて しあわせだけど、何人もの 人が アメリカでは お金が なくて 家にも すめないんだ。僕は それが なんでか わかったんだ。

 アメリカの 人は からだが 大きいから、何でも 大きく なくちゃ いけないんだ。家も 車も みんな 大きく ないと からだに あわないんだ。だから 大きな 家や 車を 買うために、みんな びんぼうに なっちゃうんだ。

 僕は みんなが しあわせに なるには、みんなが 大きく ならなきゃいいと おもうんだ。大きく ならなきゃ、ごはんも すこしで いいし、 車も 小さくて いいし、みんな おうちに 住めると おもうんだ。日本の 人は アメリカの 人より からだが 小さいから、小さな おうちで いいし、みんな しあわせに なれると おもうんだ。

 僕は しょうらい 日本に もどって、小さな 人たちと いっしょに、小さな 小さな 子どもたちに おしえて あげるんだ。子どもが おとなに ならなければ いいんだ。おとなに なると たいへんなんだ。だけど やっぱり おとなに なっちゃう。だから 子どもどおしで あそんでいれば いい。だけど おとなの 言うことを きいて、よい子に ならなきゃ いけないんだよ、って。

 僕は 今、子ども です。