紹介子が5年間愛読しているメルマガからの引用
北田貴裕氏サイト
2004.10.27 あとがきより
<◆Kitada wrote:>
新潟県中越地震で行方不明だった母子の乗った車が県道が崩れた土砂の中から
見つかり、絶望視する声もありましたが、大きな余震が続き、生命のリスクが
ある中での懸命な救出活動により、2歳の男の子が奇跡的に救出されました。
一時は、『3人とも生存』と報道されていましたので、残念ながらお母さんの
死亡が確認されたとの報道を知ったときはショックを受けました。
私の息子(怜)も、救出された優太くんと同じ2歳なので、
お母さんが突然居なくなった後の生活を、どうしても想像してしまい、
心が痛みます。
今回の地震により、亡くなった方はこれで32名になったとのことです。
あらためて、心からご冥福をお祈りいたします。
私は、2000年01月17日号のあとがきで以下のようなコメントを書きました。
>
> 2000年1月17日、阪神大震災から丸5年が経過しました。
>
> 私も兵庫県西宮市南部の激震地区で被災し、
> 神戸市内で道端に転がっている死体の列を見てきた1人です。
>
> この震災の経験は、私にとって、
> 行政やマスコミへの絶望感、不信感を決定的にさせてくれました。
>
> マスコミは、連日、野次馬根性で取材を続け、被災者達にストレスを与え続
> け、ヘリコプターの騒音で救助活動をさまたげ、助かる人々の命を見捨てま
> した。倒れた住宅に体を挟まれ、息も絶え絶えになりながら、虫の息の様な
> 小さな声で助けを求める傷ついた人々の声を騒音でかき消したのです。
>
> そして、オウム事件にワイドショー視聴者の関心が高まると、
> 震災が与えた問題提起を活かすことなく、オウム一色となってしまいました
>
>
> 行政側はスピードが遅く、いざという時に全く役にたたないだけでなく、
> なかなか立ち退きに応じてくれない家々が地震で全壊したのを幸いに、
> 被災者救済そっちのけで、都市計画を推進しました。
>
> 皆さんからの義援金や公的支援の多くは使途不明となり、
> 恐らく様々な公共事業費や丸投げ事業の利ざや分に消えてしまいました。
>
> 私は金融機関の一員として、住宅再建や復興の現場を見てきましたが、
> 権力を持つ者のエゴと、すべてを失った人の寂しさや、やりきれなさ、
> 目を覆いたくなるような事ばかりで、思い出す度にストレスが溜まります。
>
>
> 私は、ライフラインがない生活を震災により、ある日突然強いられる様になり
> 「水(洗うという行為やトイレ)」「ガス(暖・湯)」「電気(省力化)」
> を始めとした、「モノ」の有り難さや、大切さを実感することが出来ました。
>
> そして、現代社会は無駄な物の為に、多くの人々の人生や命が犠牲になって
> いるという「エゴ」の現実をあらためて気付くことが出来ました。
>
>
> 「そこにあって当たり前」という世の中になってしまうと、
> 人は「有り難味」や「興味」を無くしてしまい、
> 「いざ困った・・・」という時に、何もできなくなってしまいます。
>
> せめて、先人に「感謝の心」を持ち、先人の努力を知る(学ぶ)ことで、
> 先人が苦しんだ過去の過ちを再び繰り返すことは避けて頂きたいと思います。
今回の救出現場でも、マスコミ数社のヘリコプターが上空を飛び交っており、
搬送用ヘリコプターの進路を妨害するようなこともあったと言われています。
地震による土砂災害で道路が寸断され、周囲から孤立した長岡市の蓬平地区で
マスコミ関係6人が航空自衛隊のヘリコプターで救助されたことを受け、
新潟県災害対策本部が、「孤立地区に入り込んだ経緯は分からないが、自ら
入り込み、帰りは救助ヘリというのであれば、救助活動の著しい妨げとなる」
と報道各社に抗議したと報道されています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041026-00000317-jij-soci
マスコミは、過去の『震災』被害で学んだことは、あまり無いようです。
せめて、行政だけでも、過去の過ちを繰り返さないようにして頂きたいです。