ポート・アーサー銃乱射事件豪州史上最悪の35人の犠牲者を出した事件
1996年4月28日〜29日


 
事件のあったポート・アーサー 普段は静かな観光地です。私の行った3ヶ月後に事件は起こりました。
 1996年4月28日(日)タスマニア州で起こったマーチン・ブライアントによる銃乱射事件は、オーストラリア史上最悪の事件となりました。事件のあったタスマニア州ポート・アーサーは、州都ホパートから直線距離で約50キロ南西にある同州最大の観光地です。ボート・アーサーは19世紀にシドニーに収容された囚人の中で更に悪いことをした囚人を収容する刑務所として設立された『囚人の中の囚人』を収容する刑務所です。現在は、その時代の遺跡を復元したタスマニア州最大の観光地となり、日本人観光客も多く訪れる場所です。私自身も事件のあった年の1月に訪れたばかりの場所であり、大きなショックを受けました。
 28日午後1時ごろポート・アーサーの喫茶店を出たマーチイン・プライアントは、冷静な様子で標的を一人一人選んで射殺していった。更に銃で脅かして通行人を車のトランクに押し込んだ上、車に火を付けて3人を焼死させた。その後、史跡内にある喫茶店に入リ、ライフル銃を取り出して店内で乱射し始めた。店内で食事をしていた約20人の客を射殺しました。その後喫茶店周辺を逃げまとう人々を次々にねらい撃ちして射殺していった。事件発生から1時間か経過した2時半ごろマーチイン・プライアントは、史跡の駐車場に駐車してあった自動車を盗んで北上していきなから対向車に向け発砲を続けた。後で路上で数名の遺体か発見された。マーティン・プライアントは、史跡から北に約2キロにあるフオックス・アンド・ハウンズ・ホテル付近で数人に向かって発砲し、再び北上。午後3時ごろ、史跡から5キロ離れたB&B形式の宿泊施毀シースケイブ・ゲストハウスに押し入った。ここで経営者夫婦と車のトランクに乗せてきた1人を人質にとって立てこもり、包囲した警官隊に向かって発砲を続けた。一夜明けた4月29日(月)午前8時ごろマーチイン・ブライアント被告は、建物に放火し、建物から出てきたところを警官隊に逮捕された。人質となっていた3人は同ゲストハウスの焼け跡から遺体となって発見された。
 このように白昼次々と無差別に射殺していったこの事件はオーストラリア史上最悪の35人の犠牲者を出しました。この事件によってオーストラリアの抱える銃所有の問題か明らかになりました。アメリカ合衆国では、銃による事件が日常的に起こり、テレビやニュースで取り上げられることも少ないが、数年の間に日本人が犠牲になり、日本でも大きく報道されましたが、オーストラリアの銃所有はどのようになっているのであろうか。オーストラリアの銃保有に関する法律は、現在州によって決められているが基本的には、銃による自衛権が認められているため、簡単な手続きで銃を購入することかできる。現左オーストラリアには約2万丁の銃かあり、年間拇500人か銃による事件・事故で亡くなっている。マーティン・ブライアントの使用したアメリカ製と中国製セミ・オートマチック式ライフル銃のような強力な殺傷力を持つ銃は、多くの州では、所有が難しい。しかし、事件のあったタスマニア州では、簡単な手続きで手に入ります。
 1987年8月、12月にはメルボルン市内で7〜8人の犠牲者を出す事件が相次いで発生した。また1990年にはシドニーで5人、7人が無差別発砲の犠牲となっている。このため市民団体などが銃規制を強化するため、連邦政府による銃保有強化法を制定し、州によって異なる銃規制の一本化を主張しています。しかし、こうした動きをガンロビー(銃保有の権利を主張する銃愛好団体)が妨げてきました。