Geographic6 オーストラリアの米作

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 オーストラリアで米作が行われていることを知っていますか。米の生産量では、オーストラリアは、ベスト10にも入っていないが、米の輸出では第10位になっている。1996年の米不足の時海外から米が緊急輸入され、タイ米が不人気で大幅に売れ残ったのに対してオーストラリア米が好評だったのは記憶に新しい。このオーストラリア米について少し述べてみたい。オーストラリアで米作が行われたのは、比較的古く、1906年のことである。今年が丁度90年目に当たる。日本人高須賀穣によって行われた。高須賀穣は、1865年松山藩の料理長賀平の子として生まれた。現在の慶応大学とアメリカ合衆国インディアナ州ディポー大学などで学んでいる。1898年には衆議院議員にも当選している。そんな彼がどのようにしてオーストラリアへ来ることになったか定かでない。1905年3月14日、高須賀穣は、妻と2人の子供を連れてオーストラリアビクトリア州メルボルンに来た。メルボルンで日本製品の輸入業を営んでいる中で、米が沢山輸入されていることに注目した。高須賀穣は、ビクトリア州首相に会い、米作りを提言した。その結果、州政府はマーレー川沿いの80ヘクタールの土地を高須賀穣に提供した。1906年10月、高須賀穣は、日本から持ってきた種をまいた。しかし、芽は羊に食べられてしまった。翌年再挑戦したが、今度は水不足で枯れてしまった。その後毎年のように洪水に襲われ米作はうまく行かなかった。1911年、日本から輸入した25種類のもみをまき、三種類の収穫に成功した。挑戦五年目で初めての収穫だった。1921年大豊作となり、築堤の成功と合わせて高須賀穣の名前はオーストラリア国内に知れ渡ることなった。高須賀穣は、米作が軌道に乗ったのを見届けると、69歳で引退し経営を息子に任せ、1939年母の弔いと財産整理のため、日本へ一時帰国した。翌年自宅で就寝中に心臓マヒで急逝した。やがて、米作の中心は、ニューサウスウェールズ(NSW)州の南西部に移ることなる。
 現在オーストラリアの米作は、NSWだけで行われている。NSWの中でも同州南西ジ川に挟まれたリベリナ地域で行われている。リベリナ地域はもともと乾燥地域で昔から干ばつに見舞われてきた。この様な乾燥地域で水を必要とする米作が行われているのは驚きである。この地域の年間降水量は、300ミリ〜600ミリで農業的にいうと年間降水量500ミリが農業限界値で元来なら放牧がやっと行える地域である。このような降水量の少ない地域で多量の水を必要とする米作を可能にしているのは灌漑設備の充実である。 オーストラリア最高峰コジウスコ山を中心とするオーストラリアンアルプスを源流とする。マーレー川、マランベージ川は水に恵まれている。この豊富な水を利用した灌漑設備が米、小麦などの栽培を可能にし、現在この地域はNSWを代表する農業地帯になっている。マランベージ川流域灌漑地域(MIA)の中心がリートンである。MIAでは、この豊かな水を利用したNSWを代表する農業地帯となっている。MIAは、NSWで生産された農産物の中で米43.5%、小麦16.8%、ブドウ38.8%、野菜28.7%、果樹(柑橘類中心)31.9%を占めている。リベリナでオーストラリアで生産されている米の100%生産していることになる。
 このリートンで米作農家しているグレッグ・ブラウンさん訪ねた。彼の経営面積は、250ヘクタールでその内75ヘクタールで米作を行っている。1枚の水田が55ヘクタール、つまり一辺が約700メートルである。日本の米作、水田の規模との違いに驚かされる。家の隣にある倉庫には巨大なトラクター、コンバイン、トラックなど様々な農業機械が納められている。また、修理中の大型機械などが多数ある修理場もある。また、水田を作るためには耕地を水平にしなければならないが、その水平さを計るためのレーザー探知機も持っている。豊かそうに見える水であるが年間降水量300〜600mmの地域にとって唯一の水がマランベージ川の水である。限りある灌漑水をこの地域全体で使わなければならないので各農家耕地の3分の1しか水田を作ることができないようになっている。更に水田入り口にメーターを設置し、水の利用を厳しく管理している。彼は長粒種「ジュンガーラ」を55ha、長粒種で収穫の多い「ランギー」を50ha作っている。一般的な稲作のサイクルは、4月に収穫を終えた後、残った稲わらを焼き払い耕す。8月に水田に水を張り、11月の種まきに備える。種まきは日本と違って直播きで行われる。飛行機によって行う場合と大型機械によって行う場合がある。飛行機で種をまく場合はまく時間は当然短くなるが、まかれ方にむらが出てしまう。日本では米というと作物の中で特別な意味を持っているが彼らにとっては単なる1つの作物に過ぎない。ブラウンさんを含めてこの地域の米作農家は、輪作を行っている。1〜3年間 雨季を利用してクローバーを植える。そこで羊や牛を2〜3年飼育する。これはクローバーの根の働きと家畜の屎尿で土壌を自然に改良させるためである。4年目に資料用の大麦やカラス麦を栽培する。5年目に菜種を栽培する。6年目に初めて稲を栽培する。このように輪作を行うことで地力回復に大きな効果がある。更に生産コストを下げるために化学肥料を最小限にすることができる。
 このような経営規模で作っている米と日本の米では到底自由な市場で競争できるわけがないと思う。リートンには日本の農閑期に多くの農業団体が見学に来るそうである。彼らもその規模に圧倒されるそうである。しかも1ヘクタール当たり10トンという驚異的な収量にも驚かされるそうである。そして、このようなオーストラリア米が日本の市場を支配するのではないかと恐れるそうである。しかし、限られた灌漑地域の中でしかも限られた水を使わなければならないのでこれ以上大幅に収穫量を増やすことはできない。  

リートンなどMIAの水の水源となるマランベージ川 耕作前の水田トラクターで耕し、レーザーを使って水平にする。
このような大型機械が使われる。 このように飛行機で種をまいたり、農薬や肥料をまく。
まいて1ヶ月ほどするとこのように成長する。 4月の収穫前のようす。黄金色に育っている。