みんなも使いまっし 金沢ことば
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はじめに

−本書を使って下さる先生方と児童・生徒の皆さんへ−

本書『みんなも使いまっし!金沢ことば』を手にして下さった皆さんは、金沢の方言、あるいは自分が生まれ育った土地の方言についてどのように思っているでしょうか。もしかしたら、方言に対してどこかで「はずかしい」とか「田舎くさい」といったマイナスのイメージを持ってはいないでしょうか。

明治時代になって、日本の国の体制が大きく変わり、日本の国を一つにまとめようとしたとき、江戸時代に全国で発達した方言がその大きな障害になると考えられました。その結果、学校教育を中心に標準語教育が進められ、それは戦前まで(一部地域では戦後しばらくも)続きました。本土の方言との違いが大きかった沖縄などでは、「方言札」という罰札まで作って、子どもたちに方言を使わせないようにという教育が行われました。そこで、掲げられたスローガンは「方言撲滅」「方言矯正」というものでした。

このような教育を受けたことで、日本人の多くの人たちは、方言は共通語(標準語)に比べて劣ったことば、悪いことば、汚いことば、といった考え方を持つようになりました。そして、地方の人たちは、自分たちの方言にコンプレックスを持ち、進んで方言を捨てるようになりました。この傾向は1960年代以降のテレビを代表とするマスメディアの発達によってますます強まり、全国各地で方言の衰退が急速に進みました。

確かに、全国どこにいっても通じる共通語は便利で、今のような時代では必要なものでしょう。しかし、そのことと方言を捨てることは同じである必要はないはずです。私たちは、日本語というものについて考えるとき、もしかすると共通語のことしか考えていないとうことはないでしょうか。でも、考えてみて下さい。日本語とは、全国に広く通用する共通語と、今もなお全国各地で使われているさまざまな方言との総体であるはずなのです。日本語の豊かさを支えているものは共通語だけでなく方言も含めたものなのです。

わが国では、1970年代ころから、「地方の時代」といったことが言われるようになり、80年代あたりからは方言の急速な衰退という危機感も手伝って、全国的に方言見直しの動きがさかんになってきました。そして、学校教育においても、国語科や総合学習を中心に、地域の文化の一つとしての方言の価値や役割について学ぶことの大切さが理解され始めたように思います。

方言のもつ価値・役割にはさまざまなものがありますが、21世紀の日本語の担い手である小・中学生の皆さん、そして先生方には次のことを理解してもらえたらと思います。

(1)生活語としての方言の価値
(2)方言を理解し、使うことで方言に自信をもち、地域に自信をもつこと
(3)方言が日本語の豊かさを支えていること
(4)地方の文化の一部と考えること

(1)については、この本の内容を学ぶ中で、共通語では表現しにくいこと、別の言い方をすれば方言だからこそ表せることがあることを理解してもらえればと思います。金沢ことばの「いじくらしい」「いじっかしい」は共通語ではぴったり置き換えられないことばなのではないでしょうか。私は隣の福井県の出身ですが、大学院生として関東地方で生活し始めて金沢に移り住むまでの14年間、塩味が濃いことを言う「くどい」(金沢でも使われます)が使えないことにとても不自由さを感じていました。「しょっぱい」「しおからい」ではどうしても自分の味の感覚が表現しきれない感じがあったからです。

(2)については、1994年から1995年にかけて研究者仲間と全国14都市で方言と共通語に対する意識調査を行い(私は金沢市を担当しました)、その結果を分析する中で強く感じていることです。金沢をはじめとして北陸という地域は、全国的に見ても、自分たちの方言に愛着が薄く自信が持てていない地域と言えそうです。そのことは地域に対する愛着・自信とも密接な関係があるように思いますが、自分たちのことばをよく知り、自信を持つことが、ひいては共通語との違いをよく知り、共通語の上手な話し手にもなれることなのだと考えてほしいと思います。

(3)についてはすでに書いたとおりです。方言も大切な私たちの母語、日本語の一部なのであり、その豊かなバリエーションがすなわち日本語の豊かさそのものなのです。

(4)については、国語科という科目を離れて総合学習や地域学習の中で感じ取ってもらいたいことの一つです。ことばも含めて、日本全体が均質化に向かっていることが地方の文化の喪失につながっていることも忘れてはならないと思います。

少しむずかしい話になってしまいましたが、この本は、以上のような思いと願いを込めて、2004年後期に私が担当した金沢大学大学院教育学研究科(修士課程)の「国語学特論U」の受講生の人たちと作りました。そして今回、比較的短期間で<試作版>とは言え、このような本が作れたのは、ひとえに岐阜大学教育学部国語教育講座助教授の山田敏弘氏のお蔭です。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。山田氏は、2003年3月に、それまで2年間の岐阜大学の学生さんたちとの共同研究の成果として『みんなで使おっけ!岐阜のことばT』(非売品)という、優れた小・中学校向けの方言教材をまとめて下さいました。その本は内容を少し変えて、約1年後の2004年2月に『みんなで使おっけ!岐阜のことば』(まつお出版・岐阜市)として市販されました。

私もここ数年、小・中学校の先生方から方言学習についてのご相談を受けることが多くなり、先生方の参考になるような方言教材の作成を考えていたところでしたので、山田氏のものを拝見してからは、何とかこれに近いものを作ってみたいという思いが強くなりました。そして出来上がったのがこの本です。急ごしらえということもあり、まだまだ内容的には不十分なものですが、まずは石川県の県庁所在地である金沢のことばを素材とした<試作版>ができましたので、来年度は小・中学校で方言学習に関心をお持ちの先生方のご意見も伺いながら、完成版をめざしたいと考えています。そして、いずれは、それをもとに、県内の主要な方言についての教材も作れればと思っています。具体的には2年後をめどに能登の輪島方言版の作成を予定しています。また、学校の先生方自身がこれらを参考に、ご自身の手で方言教材を作成していただけたら嬉しく思います。

<本書の内容・構成>

この本は、全体が13課で構成されています。現在の金沢市域で使われている金沢ことば(金沢方言)の中から、基本的かつ特徴的な内容を盛り込むべく努力したつもりです。ただ、金沢ことばと言っても、そこには世代差、地域差、個人差も当然あります。本書の各課の会話文は、受講生唯一の金沢ネイティブであり、本書の共著者の一人でもある松田岳志君とそのご家族(金沢市八日市在住)の協力を得て、50歳代程度の金沢ことばを想定して作成しました。伝統的な方言の学習、継承という観点からは、祖父母世代の70歳代あたりの方言による会話文をとも考えましたが、それらには衰退しているものも多く、それよりも子どもたちにとって比較的身近な親世代の方言でまず学んでもらい、その後自分たちの方言、さらに上の世代の方言へと興味・関心につないでもらう方がよいと考えました。

各課は4ページ構成とし、1ページ目に会話文とその中に含まれる語句等の語釈、会話文の共通語訳、2ページ目に会話文の含まれる重要表現の解説、3ページ目に重要表現を使いこなすための練習問題、そして4ページ目に「金沢ことば豆知識」のコラムという内容になっています。

本書末尾には、参考として「石川の方言と金沢ことば−概説−」、「同一例文の3世代(男女別)金沢ことば訳」、そして「参考文献等」を載せました。

この<試作版>に対して、多くの皆さん、特に小・中学校の先生方からご意見やアドバイスをいただき、さらに索引等を加えた完成版をめざしたいと思います。ぜひ本書奥付に記載の連絡先までご連絡下さい。

2005年3月  早春の金沢市角間の里にて
金沢大学教育学部国語教育講座 教授
加 藤 和 夫

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